衆生本来仏なり から始まる
白隠の座禅和讃はできるだけ
わかりやすく人生という意味を
説いているように思います。
読めば読むほど深い意味あいを感じます。
たくさんの哲学書を重ねて研究してもこういう
文章は作れないかもしれません。
人は神とか仏とか、外に崇める対象を想像した
り形作ったりします。
しかし白隠は万物および人間そのものに仏性が
あるというだけでなく仏であると言い切ってい
るのです。また神や仏も否定してはいません。
座禅和讃自体が白隠が私たちに提示している
禅の公案だと感じています。
ですので座禅和讃には人生の深い意味を私たち
に悟らせるための秘密の鍵が隠されています。