ドジャース・山本由伸投手のフォームに見た、心と細胞が共鳴する生き方

私はお酒を飲む時間が大好きです。日々の暮らしの中で、美味しいお酒をゆっくりと楽しむひとときは、人生をエンジョイするために欠かせない大切なエッセンス。

ただ、単に楽しむだけでなく、人生をもっと良く、もっと「ハッピー」に成長させていきたいという想いも常に持っています。そのためには、私自身が成長し続けることはもちろん、私を形作っている「肉体の細胞たち」が幸せでなければならないと感じています。

先日、ドジャースで活躍する日本人選手たちの投球フォームをじっくりと観察する機会がありました。三者三様の素晴らしい動きがある中で、特に私の心に深くヒットしたのが、**山本由伸投手の「肉体の使い方の秘密」**です。

何度も何度も見返すうちに、彼の動きは単なる筋力や技術を超えた、驚くほど緻密な連動性に満ちていることに気づきました。そこから感じ取ったのは、溢れるような意欲、しなやかさ、謙虚さ、そして揺るぎない志。

それらが指先の細胞一つひとつにまで浸透し、人生の目的に向かって一点の曇りもなく集中している……そんな不思議な感動を覚えたのです。

彼を見ていて確信したのは、**「心と細胞の志が一致する指向性」**を持つことの大切さです。

私たちの肉体は、人生をともに歩む最高のパートナーです。

「こうありたい」と願う心の志と、肉体の細胞たちが生み出すエネルギー。この二つの「指向性」がピタリと重なったとき、素晴らしい出来事がどんどん連鎖していくはずです。

お酒を楽しみ、人生を謳歌しながらも、自分の内側にある細胞たちと対話するように生きていく。

「今日も一緒に頑張ろう」と、心と身体が手を取り合って同じ目的へ向かうとき、人生はもっと自由で、もっとハッピーなものになる。

山本投手のしなやかな投球フォームは、そんな**「生命の調和」**がもたらす可能性を、私に教えてくれました。

70歳、細胞に感謝し、涙で絆を再確認する――「心の根源」を生きる日常

「人は誰でも、心の根源では互いに求め合い、幸せを感じ、喜び合いたい」

私はこの信念を大切に、日々を過ごしています。今年70歳を迎えますが、最近、この「求め合う心」の尊さを改めて実感する出来事がありました。

1. 自分の細胞と対話する健康法

私の健康習慣は少し変わっているかもしれません。それは、自分の体の細胞一つひとつに語りかけ、感謝することです。 私はお酒が大好きで、つい飲みすぎて無理をさせてしまうこともあります。そんな時こそ「いつも頑張ってくれてありがとう」と細胞に声をかけるのです。理屈ではなく、自分の命を愛おしむこと。それが、心と体を繋ぎ止める一番の薬だと感じています。

2. 「寂しかった」という涙の重み

最近、フィリピンの女性と知り合いました。実は正月前に少し口喧嘩をしてしまい、私は「正月は一人で静かに過ごそう」と連絡を控えていたのです。 一週間ぶりに再会した時、彼女は泣き出しました。「連絡がなくて会えなかったのが、とても悲しかった」と。

私は一人で寂しさに耐えていたつもりでしたが、彼女もまた、私を求め、会えない寂しさに耐えていたのです。その涙を見た瞬間、私たちの根源にある「求め合い、喜び合いたい」という純粋な願いを再確認しました。

晴れてよし曇りでよし富士の山、もとの姿は変わらざりけり

3. 人生の喜びを分かち合うために

意地を張って一人でいるよりも、互いの寂しさを認め合い、喜び合える関係があること。それこそが、人生の後半戦を豊かにする「生きがい」そのものです。 細胞に感謝し、隣にいる人の心に寄り添う。そんなシンプルなことで、世界は驚くほど優しくなります。

病と変革の心と体

身体というものは日頃から助けてくれています。

心もそうだと思います。

人の欲望や嫉妬や悩みは絶えないようです。

その本質はどこにあるのでしょうか?

私は人々の欲望と嫉妬と偏見、正義と不正の闘いなどが生じているところから考えるのは一考だと思っています。

私は妻の癌を克服することができました。

妻は病院で治療を受けることをやめました。

そこで私は妻を助けるために考えました。

そして成功しました。

病院も行かず薬も使わずです。

人のことも社会のことも似ています。

それらの人は心も体も社会もそれらの闘いの中で紛争が起き、やがては革命や戦争が起き、結果的に多くの犠牲者がでているのです。お金は汚いと言ってないですよ。

お金はさまざまな欲望を満たしていきますが、肉体的な快楽を進めて行けば、必ず大きな傷を作ることになります。

最近でも経済的な大きな変動を観れば分かりやすくと思います。人類の歴史

民主主義国から、社会主義国的になったところもあるし、そういったとき、嫉妬心を持たれた人々や政府側に反抗する人々を惨殺したり、あるいは国を侵略をして現地の人々から暴利を貪り、惨殺したり植民地化したり、果ては戦争を引き起こしてきたのが人類の歴史だと思います。

これからは社会構造的と興業的な変革が生じていきますから注意が必要です。

2025年の眺め

歴史は連続しています。

2025年は停滞と脈動の発芽の年のようです。

今年のアメリカの大統領にトランプさんなられてからおかしい方向性に向かっています。

アメリカはインフレ中のスタグフレーションになっていこうとしているのを感じます。

その民衆の不満感を防ぐために公金を使ってばら撒くことになるでしょう。

なぜ、現在でもそのよういうことが起きるのかというと、小さい組織でも村や町や都会でも政治、経済、業界などをコントロールする組織の人たちが自己中心的思考を強めて行動をしているからです。

その組織の幹部の立場になって行くほどに、民衆の利益よりも自分の権益を得ようとしているからです。

そのためには、政治家、官僚、さまざまな組織の人々同士が、その自分たちの目的のために融合させていく必要があります。

よつて、選挙、権益などのために税金を使って民衆へばらまきをするのです。

株価は一時的に下がっても上げようとするはずです。

よつて、長期的にはインフレは続いていくことでしょう。

となれば、私たちは冷静にできるだけ客観的にまわりの出来事を洞察し学び、自分たちを守り成長を目指していきたいものです。

人生と歴史の点と線

この世の生は肉体の寿命がくれば朽ちて旅が終わります。

しかし魂はあの世へと旅立って生きて行くのです。

歴史もまた連綿と動いていくものです。

誰かが現代の人々の生きざま観て本質を冷静に解き明かせば、その過去及び歴史の内実、現在及び未来の生き様を解き明かすことができることでしょう。

もし日本人が、約束を違え、他人から暴利を貪り、あるいは他国を侵略しようと企てるような特質をもつ民族かどうかは、日本に来られて実地体験していただくことになれば、自ずから判然と感じられるものと思います。

日本人の生活態度、民度、文化、それらから本質をできるだけ見つめていただければ、過去の日本人の行動の本質をも想定していただくことになるでしょう。

歴史の真実は、プロパガンダの中にはありません。

むしろその対局にあります。

真実の内実は、点として線となり歴史となり、未来へとつながっていくのです。

歪曲されたり、嘘で作られやすいことに惑わされないようにしたいものです。

なんとなれば、私たちは心を主体とした肉体とともに、点という一瞬一瞬のこの世の学びという体験をしながら永遠の魂の成長という宿命を旅しているのです。

生理のときにシャンプーをしないと楽になると言う話

去年の暮れにSNSで流れていたある女性の体験を聴いて驚きました。

生理前に髪や頭皮をシャンプーで洗わないと生理が楽になったと言うのです。

考えてみれば、女性の身体は男性よりも繊細な部分を持っていると思います。

いや誰でも洗剤やシャンプーやリンスや歯磨き粉や化粧品など、たくさんの化学薬品を日常的に使用している人が多いのです。

食べ物の化学添加物だけでなく、生活物資の化学物質や電磁波など、あらゆる生活環境の危険性を自分なりに見直してみる必要があります。

今や2人に1人の日本人が癌になる時代背景には、たくさんの危険な要素が身の回りには溢れているようです。

それだけでなく、病院では、いろいろな検査をしたり、薬を長期的に飲まなければならないと案内されたら、それらは本当に必要なのか、危険性はどのようなものなのかなど、家に持ち帰って、自分なりに調べる必要のある要注意な時代になっているです。

緊急事態ではしょうがありませんが、現代はさまざまな専門家などかネットなどを通じて情報を発信してくれていますから、前もって自分なりに情報を得ておくほうがいいのです。

過度な神経質になる前に。

人はともに幸せを喜びあう縁

( Samurai Road )

手と手を合わせて幸せになります。

目と目を合わせて喜びがあります。

人は夢と悩みを持つものだと思います。

不安にさいなまれることがあると思います。

生きていく上で、困難や壁を感じるのは自分が選んでいるところがあるのだと気づきました。

もしかするとこの世に苦しくて生きることさえできないと感じている人がいるかもしれません。

だけど少し考えてみませんか?

決してあきらめることはありません。

なぜかというと「縁」が必ず現れます。

誰にも必ず「幸せ」という「縁」はあるのです。

成功者と言われる人は、たくさんの失敗や挫折や孤独や壁を感じながらも克服していったのです。

もし、孤独が真の孤独であれば、人は生きていくことはできません。

人は真空では生きていけません。

私のように孤独的な生活をしたり、ある程度のつらさがあっても人とのつながりをどこかで感じているところがあるからこそ、人は生きていけるのです。

私は宗教家でも心理学者でも国の関係者でもなく、一切の関わりもない一般市民です。

私が申し上げたいのは、私たちが生きていけるのは、意味、理由があるということです。

今の生活に不満をお持ちだと思います。

しかし、自分自身の思いを達成することの機動力は、生きていることへの感謝が日々できるかどうかにかかっていると思います。

悪口や愚痴を「吐く」という字を形作っている「±」の「ー」の部分を無くせば「叶う」という字になるのです。

やはり、人は字の如く、可能なかぎり、それぞれの立場で互いに助け合い、支え合って生きることの妙味に笑い、嬉しさが、人生の不条理や苦しさなどの感覚を克服することができると思います。

失敗や挫折や孤独感などは、人それぞれに感じ方が違うものです。

この世での現在過去の苦しみを覚悟して糧とすることができれば、ということを私はテーマにしています。

人間的な成長をするために与えられたこの世とあの世の不思議な奇跡のような人との「縁」を良いものにとらえるか、苦しいととらえるか、出会いを人生の糧にできるかどうかが、鍵だと思う一人です。

人は考え方次第で幸せな自分になれるはずです。

社会を変えようとする前に、人に説教する前に自分が変わることが大事でしょう。

そんな人と人の心の手と手を合わせると未来は開かれるはずです。

心の目と目を合わせると明るい日々になっていくことでしょう。

人という字は互いに支え合うような形をしています。

私たちはともに幸せに喜ぶために生きているのです。

AIが人間のさまざまな能力を超えて成長していくのは楽しくもあり、危険性もあります。

摂理の一部と思われる、無限と言われている宇宙の中の地球に棲んでいる私たち人間の能力を超えたAIを人間がどのようにデザインしていくかという入り口に差し掛かっているのです。

この入り口ですでにAIは人間の能力を超えているのです。

紆余曲折はあっても引き返すことができないのが人生であり、歴史の宿命です。

善のたくましさは、根気よく続けるということの中に正しさが含まれています。

だから根気が続かない悪は正義の前にいつかは頓挫するのです。

たとえ苦しくとも朝の光はやってくるのです。

私が死の淵から学んだこと

( Samurai Road )

もし、あなたが不安や苦しみや寝たきりになって、「もう、だめだな?」とか、そして「もう、死ぬな」とお思いになったときに、お考えになっていただきたいことがあります。

できれば、そうならないうちに考えていただきたいことがございます。

それはあなた自身のことについてです。

そういうときこそ、自分のことを振り返る時間があります。

私もそうでした。

人は、いつかはそうせざるをえないときが必ずあります。

それが、私には何度かありました。

第一回目は私が幼いときに起きました。

病を甘く考えていました。

「何かわからない病気のようだか、しばらくすると治るだろうし、治してやる」と軽く考えていたのです。

ところが、何日経っても治らないどころか、食はしだいに細くなって、とうとう何も食べられなくなり起き上がるのがしんどくなりました

ついには、夏だというのに水さえほしくならなくなったのです。

強気でいたはずなのに、どんどん弱気になっていきました。

天井や壁を見つめては、いつのまにか眠り、そして目覚めては考えにふけり、疲れてはまた眠る日々が続きました。

不安がどんどん増していきました。

私の心が弱気へと向かっていったのです。

そのような「虚」をつきつめていくとその「虚」さえ、死の前では、自我のかけらなのでした。

ついには「死」を覚悟する状態であることを感じました。

そして、とうとう私はある決断をすることになりました。

するとしばらくして、何かがうごめいているのを感じました。

それは、今思うと生命のうごめきだったと思います。

断食状態になっていることが、私の命を救ってくれたということもあるでしょう。

しかし、それだけではなかったのです。

なぜならば、そのときに私は「私の使命」を「生命」から受け取ったのを感じたからです。

その「言葉」が自分の口から出たのには驚きでした。

不思議な体験でした。

人は、生きていることの中に意味があり、どこかで「使命」を感じるときが来ることでしょう。

この体験が、私が死の病から助かったこと以上の驚きであり、神秘でした。

これは、私が幼いときに病から学んだことです。

現代は身体に悪いもの、身体に良いものの情報が溢れていて自分なりに活用することができます。

飲食物、生活環境、呼吸、運動などについて。

そのためには、お金が必要になります。

それが目的ではないにせよ、人は健康や長寿や楽しみなどを願うものです。

生活する不安を無くし楽しみたいからです。

そのためには、戦術よりも戦略が必要であり、そして心の持ち方が大事だと思います。

心は体を司るのです。

時代のうねりが求めていること

What the trends of the times demand( Samurai Road )

日本は数十年、静かにしていました。

しかし、時代の大きなうねりと転換が日本にも波及しています。

そのうねりの中で社会は飛躍的に変容し、インフレ、生活経済の格差や不満の拡大など、今以上に悩まされることになると思います。

すると偏見や嫉妬などによるストレスからくるさまざまな事件が、世界中に多くなっていくでしょう。

カオスの世界などと表現する人が出てくるかもしれません。

このカオスのうねりの原因は、アメリカの金融に携わる人々の欲望とそれを利用し儲けようとしたことにあります。

そのシステムが津波のように世界的に広がっていったのです。

しかし、このようなシステムは、うまくいかなくなっていったことによるものだと思います。

つまり、アメリカその他の国々の民衆の支払い停滞の問題が生じたのです。

それが大きな問題であるために国の財政を使って補助せざるをえなくなった。

たくさんのドルや各国の自国紙幣を組織や会社や人々に与えて、問題解決しようとしたことによるものでした。

これはつまり、社会主義的な意味合いが濃くなっているのです。

日本も官僚の利益を守ろとするあたり、賄賂、天下りという既得権益の動きが庶民にとって黙って見過ごすことができなくなるでしょう。

するとさまざまな要因で、インフレの津波に襲ってくるのです。

これは、普遍的なものです。

例えば生じるインフレ。賃金や給与などの実質的価値が相対的に下がることを意味します。

そういうインフレの波は、経済主要国から始まります。

最近はアメリカから始まり、世界への国々へ津波のように広がっているのです。

それだけではありません。

AIを使うビジネスチャンスは莫大であり、成功していく少数の組織や会社の価値財産は、どこかの国の財政よりもはるかに大きく技術革新は革命的であり、かつてないほどのインフレを導き出す事でしょう。

だから、アメリカをはじめ、国々は自国の命運を作用するような会社や組織を守ろうとするでしょう。

つまり、組織や会社などが国々の政策に以前より影響を与えていくことを示しているのです。

インフレ時に民衆や組織にばらまく補助金などは、もともとは民衆から強制的に徴収した税金から支出するものであり、そのお金を民衆の一部に横流しているだけですから、なんら生産的でなく、政治的付加価値のないものです。

それは、あたかも政治家たちの票集めのためであり、官僚のねらいが集約されたものです。

ところが、民衆にとっては、補助金で助かる一部の人々はいるけれども内実は重税を感じることを意味します。

税金を徴収する財務省はじめとする官僚側は、国民から集めたお金と天下り先を確保するために政治を裏側から牛耳ることになって行くのです。

結果的に国家主義、社会主義的になっていき、増税で苦しむのは、私たち民衆になるのです。

政府自体が国民に奉仕するという基本精神がなおざりにされ、政府が国民をコントロールしていることに問題があります。

「既得権益」という金儲けをしている複数のグループの存在をも裏で闊歩しているからでしょう。

このような時代は、人々の争いは多くなることから生活の苦しみにつながり、不満は溜まり紛争や戦争が起きやすいのです。

目に見える戦争だけでなく、見えない深刻な戦いが国内外に頻発し、生活に影響を及ぼしていくことを私は危惧しています。

私たちは、大量の印刷された紙幣が社会に流れ、かってない技術革新から生み出される富はインフレをさらに加速させるのです。貨幣価値はどんどん減少することになります。

給料は、その後追いをせざるを得ない。

貯蓄しているお金は危機感を持つことになりますから、人々は株や不動産や金などリスクを回避し、かつ利益および資産価値を生み出すものに移動させることになります。

富裕層は、税金が低く規制の少ない地域へ国を跨いで活動することになっていくのです。

国会で居眠りしている議員は、ベッドで寝るようにしたほうがいいのです。

世界の尊い霊魂と靖国の御霊に私たちは、どのように何を捧げることができるのでしょうか?

私たちは、変容していく時代の求めていることを理解して対応していくしかありません。

この経済状況の津波と科学技術の変貌する革新的なうねりは、人間の欲望や善と悪の先鋭的な闘いが含まれています。

しかし、古より日本人の根底に流れている精神文明が続く限り、さまざまな困難を克服していくのだろうと私は申し上げておきます。

輪廻のとらえかた

( Samurai Road )

この世の生老病死を経て、人は輪廻を繰り返しています。

出会いと別れが、そのエッセンスに彩りを与え、その進展は、過去現在未来をも変化していく可能性を秘めています。

考え方、心の持ちようが自分の未来を変えていくことになります。

このことを気づくのに私は時間がかかりました。

また、その喜びと哀しみと痛みは、人に優しさと深みを与え成長するための天然の肥料となることでしょう。

負の財産ではなく心の糧とすることができるはずです。

心の捉え方で過去は変えることができるということになります。

よって、人生を解く秘密の鍵は、心の持ち方によることになります。